『かぐや姫の物語』考察|ラストの意味と罪の正体

スタジオジブリ・高畑勲監督の『かぐや姫の物語』は、観終わったあとに「結局どういう話だったんだろう」と考え込んでしまう作品ですよね。ラストシーンの意味、かぐや姫が犯したとされる「罪」の正体、そして捨丸との関係。この記事では、それぞれの考察ポイントを一次情報をもとに整理して、腹落ちする解釈までまとめてご紹介します。

目次

『かぐや姫の物語』は結局どういう話?

📌 この記事の結論
  • かぐや姫が犯した「罪」は、月にいた頃に地球への憧れを抱いたこと。企画段階ではその代償として地球へ降ろされたという設定でした
  • ラストで記憶を失ったはずのかぐや姫が涙を流すのは、心の奥に残る感情(人間関係への愛情)を象徴する演出と読み解かれています
  • 幼馴染・捨丸との関係は、原作『竹取物語』には存在しないオリジナル要素で、結ばれない悲恋として描かれています
  • キャッチコピー「姫の犯した罪と罰。」は鈴木敏夫プロデューサーが考案したもので、高畑勲監督自身は「迷惑している」と発言していました

『かぐや姫の物語』は、2013年11月23日に公開されたスタジオジブリ作品です。平安時代の物語『竹取物語』を原作としながら、高畑勲監督が約8年の製作期間をかけて、かぐや姫の心理描写を大幅に掘り下げた作品になっています。まずは作品の基本情報を整理しておきます。

公開日2013年11月23日
監督・脚本高畑勲(脚本は坂口理子と共同)
原作竹取物語
声の出演朝倉あき、宮本信子、高良健吾 ほか
上映時間137分17秒
配給東宝
主題歌「いのちの記憶」(作詞・作曲・歌:二階堂和美)

竹から生まれた小さな姫は、山での自由な暮らしから一転、都で貴族の娘として育てられることになります。求婚してくる貴公子たちをかわしながらも、姫はどこか満たされない日々を過ごし、やがて月への帰還という結末を迎えます。ここから先は、各ポイントを一つずつ掘り下げていきますね。

ラストシーンの意味とは?かぐや姫が涙を流した理由

物語の終盤、月からの迎えがかぐや姫のもとに訪れます。月の天人たちによって羽衣をまとわされると、地球で過ごした記憶はすべて失われてしまう設定です。ところが、羽衣をまとった直後、かぐや姫はふと地球を振り返り、涙を一筋流します。

この涙の意味については、複数の解説記事で共通した解釈がされています。記憶そのものは消えてしまうはずなのに、地球で築いた人間関係や、そこで芽生えた愛情だけは、理屈を超えて心の奥に残っている。その「消えない何か」を、言葉ではなく涙という映像表現だけで見せているという読み方です。

個人的には、この場面がいちばん効いていると思っています。記憶喪失というSF的な設定を使っているのに、最後に理屈で説明しない涙を一つだけ残す。「忘れても消えないものがある」という、言葉にすると陳腐になりそうなテーマを、セリフ無しで成立させているところに唸らされますね。

高畑勲監督は、単純な「自然(月)対人間(地球)」という二項対立だけでこの物語を描こうとはしていませんでした。地球での暮らしは理不尽さや息苦しさに満ちている一方で、そこで生まれる人とのつながりや感情そのものには価値がある、という複雑な視点がラストシーンに集約されていると考えられます。

かぐや姫が犯した「罪」の正体とは

本編の映像だけを観ていると、かぐや姫が具体的に何の「罪」を犯したのかは、実はかなり曖昧なまま進んでいきます。この点を考察するうえで手がかりになるのが、公開当時の企画書に書かれていた設定です。

企画書段階では、「罪」は次のように定義されていました。月にいた幼いかぐや姫が、禁を破って、地球から月に帰還した天女の歌を聴いてしまい、地球への想いの記憶を呼び起こしてしまったこと。そして「罰」は、その代償として地球へ降ろされることでした。この構造は、羽衣を脱いで地上に残った天女が記憶を失うという「羽衣伝説」の要素と重なっています。

注目したいのは、この「罪」の経緯自体は本編の映像でははっきりと描かれていないという点です。物語が始まる前の、いわば”プロローグ”に当たる設定であり、観客は結果(地球に生まれ、最後は月に帰る)だけを見せられる構成になっています。だからこそ「結局、姫は何をしたから罰を受けたのか」がわかりにくく、考察のしがいがある作品になっているとも言えますね。

捨丸との関係は何を描いていたのか

かぐや姫の幼馴染として登場する「捨丸」は、原作『竹取物語』には存在しない、本作オリジナルのキャラクターです。山での暮らしの中でかぐや姫と心を通わせた少年ですが、物語の後半で再会したときには、すでに妻子を持つ身になっています。

それでも二人は、「ここから逃げたい」という思いを共有し、一時だけ空を飛ぶという幻想的な時間を共にします。この描写は夢(幻想)として処理されており、実際に家庭を捨てて駆け落ちするような展開にはなりません。あくまで、叶わない恋をかぐや姫自身がもう一度確かめるための場面として描かれています。

物語全体が姫の「罪と罰」という構造を持っている以上、心を動かされる相手との恋もまた、簡単に成就してはいけない運命にあります。捨丸をあえて既婚者として設定したのは、かぐや姫の恋を最初から「叶わないもの」として位置づけるための仕掛けだった、という見方ができます。

原作『竹取物語』との違い・高畑勲監督が加えた要素

原作の『竹取物語』は、五人の貴公子に難題を出して求婚をかわすエピソードや、帝とのやりとりが中心の、比較的あっさりとした構成の物語です。『かぐや姫の物語』は、このプロットを踏襲しつつ、かぐや姫自身の心理描写を大きく拡張しています。

最大の違いは、原作には存在しない捨丸というオリジナルキャラクターを加えたことです。これによって、かぐや姫が「生まれ育った山での暮らし」に対して抱く愛着や、都の暮らしへの違和感が、恋愛というわかりやすい感情を通して観客に伝わるようになっています。山での自由な幼少期から都での不自由な生活への移行も、原作よりもはるかに丁寧に、時間をかけて描かれています。

高畑勲監督は、『火垂るの墓』など、社会や時代の中で個人がどう生きるかを描いた作品でも知られる監督です。『かぐや姫の物語』でも、月という理不尽な”運命”に対して、地球での人間らしい感情や関係性をどう描くかに重きを置いていることが見てとれます。高畑監督の別作品の考察にも関心がある方は、こちらの記事もあわせてチェックしてみてください。

キャッチコピー「姫の犯した罪と罰。」の真意

本作には「姫の犯した罪と罰。」という、童話らしからぬ刺激的なキャッチコピーが使われていました。この一文を考案したのは鈴木敏夫プロデューサーです。

一方で、高畑勲監督自身はこのコピーに肯定的ではありませんでした。制作途中、監督は「あのコピーのおかげで僕は迷惑している」と発言しています。宣伝文句が先に世に出ることで観客側に期待や前提が生まれてしまい、本編の内容をそのコピーに合わせざるを得なくなった、というのが監督の主張でした。

先ほど紹介した企画書の「罪と罰」の定義は、あくまで物語が始まる前のプロローグ部分の設定であり、本編で丁寧に描かれているのは、むしろ地球に降ろされた”後”のかぐや姫の人間らしい感情のほうです。キャッチコピーと本編の間にあるこのズレこそが、「結局、姫の罪って何だったの?」という疑問を観客に残す一因になっていると言えそうですね。

編集部としては、このズレ自体がこの作品の面白さだと思っています。キャッチコピーに引っ張られて「罪」を探しに観ると少し掴みにくいのですが、「地球で生きることそのものの手触り」を描いた作品として観ると、かなり印象が変わってくるはずです。

主題歌「いのちの記憶」に込められたテーマ

本作の主題歌「いのちの記憶」は、作詞・作曲・歌唱のすべてをシンガーソングライターの二階堂和美さんが手がけています。エンドロールで流れるこの楽曲は、物語全体を締めくくる重要な役割を担っています。

かぐや姫が月に帰ることで記憶を失っても、地球で経験した感情や人とのつながりの記憶は、形を変えてどこかに残り続けるのではないか。本編のラストシーンで描かれた「涙」のテーマと、主題歌のタイトルである「いのちの記憶」という言葉は、同じメッセージを別の表現で伝えていると考えられます。

ジブリ作品は主題歌が物語の余韻を決定づける作品が多いですよね。他のジブリ作品の主題歌・名シーンについても気になる方は、こちらの記事でまとめて紹介しています。

『かぐや姫の物語』をもう一度観るには

ここまでの考察を踏まえて、もう一度『かぐや姫の物語』を観返してみると、初見のときとは違う見え方をする場面がいくつもあるはずです。特にラストの涙のシーンや、捨丸との夢のような時間は、一度観ただけでは気づきにくい細部が多い場面だと思います。

配信状況は時期によって変わるため、最新の配信先・無料視聴ルートについては、以下の記事で詳しく確認してみてください。

よくある質問

『かぐや姫の物語』のラストの意味は?

月に帰るかぐや姫は地球の記憶を失いますが、羽衣をまとった直後に地球を振り返り涙を流します。記憶を失っても消えない感情や人とのつながりを象徴する演出と解釈されています。

かぐや姫が犯した「罪」とは何ですか?

企画段階の設定では、月にいた頃に地球への憧れの記憶を呼び起こしてしまったことが「罪」とされ、その代償として地球へ降ろされたことが「罰」とされていました。ただしこの経緯は本編で直接描かれておらず、物語開始前のプロローグに相当する設定です。

捨丸とかぐや姫はその後どうなりましたか?

再会した捨丸にはすでに妻子がおり、二人の関係は結ばれません。一時「逃げたい」という思いを共有し空を飛ぶ場面がありますが、これは夢(幻想)として描かれ、実際に駆け落ちする展開にはなりません。

原作の『竹取物語』とは何が違いますか?

原作には存在しない幼馴染「捨丸」が追加され、かぐや姫の恋愛や心理描写が大きく拡張されています。山での自由な幼少期から都での不自由な生活への心理的な変化も、原作よりも丁寧に描かれています。

主題歌は誰が歌っていますか?

主題歌「いのちの記憶」は、シンガーソングライターの二階堂和美さんが作詞・作曲・歌唱を担当しています。

まとめ

『かぐや姫の物語』は、キャッチコピーにある「罪と罰」をそのまま追いかけると少し掴みにくい作品です。ただ、企画段階の設定と本編の描き方のズレを踏まえて観ると、「記憶を失っても消えない感情」というテーマが、ラストシーンの涙や主題歌「いのちの記憶」にしっかりと通っていることが見えてきます。

個人的には、原作『竹取物語』にはない捨丸との関係を丁寧に描いたことで、かぐや姫というキャラクターが「月から来た不思議な存在」ではなく、地球で悩み、恋をして、別れを惜しむ一人の人間として立ち上がってくるところに、この作品の強さがあると感じています。今回の考察を踏まえて観返すと、きっと違った印象が残るはずです。

※本記事は2026年10月時点の情報をもとに作成しています。

この記事を書いた人

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